2018年 09月 20日
シュールなコメディ・ホラー映画としての『ノルウェイの森』 |
自分がその映画を観たこと自体を忘れてしまうような作品がある。僕にとってはトラン・アン・ユン監督の『ノルウェイの森』がそれで、以前に一度観てこのブログに感想まで書いているのに、すっかりそのことを忘れていた。
それで、どこかでこの映画の出来を絶賛する記事を読み、「そろそろちゃんと観ておかないとな」なんて思って、三枚組のブルーレイを中古で安く購入したのだ。観たあとで、自分で書いた記事を見つけて驚いてしまった。
前に書いた感想を読み返すと、あくまで原作との比較をする形でストーリーを語るものだったので、今回は少し趣向を変えて、「ひとつの映画としてどうなのか」という目線で書いてみたい。
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この『ノルウェイの森』とはいったいどういう映画なのかと考えると、一言でいえばこの記事のタイトル通り、「シュールなコメディ・ホラー」といえる気がする。
まずこの映画では、人間同士の自然であたたかな交流みたいなものは、(意図的なのかなんなのかはわからないが)いっさい描かれていない。映画のなかで最初に目につくのは、傍から見ると共感しようのない、不自然でシュールな会話とやりとりだ。
それから、キャラクターは全員が強烈だ。
ほとんど意志や主体性を感じさせず、終始ぼんやりにやにやとしている主人公のワタナベ。映画がはじまった直後から、すでに精神に異常をきたしているようにしか見えない直子。女と寝てばかりいるだけのハンサムで気障な東大生・永沢さん。
何を考えているのか言動からはさっぱりわからない緑とレイコさん。そして、登場シーンのほとんどで顔面からヒステリックな苛立ちをほとばしらせているハツミさん(永沢さんの恋人)。
おそらくこの映画を観た人の多くは、これらの登場人物の誰にも感情移入ができないのではないかと思う。会話の間(ま)はとにかく不自然だし、人間同士の自然な感情のようなものも描かれていないし、おまけに出てくる人々ははっきり言って全員が狂人だ。
とにかく何から何まで普通じゃない。
映像にも、あたたかみがない。とくに後半になると暗い場面ばかりが続き、(原作の小説では希望を感じさせていた)エンディングでさえ、どこかよくわからない汚れた街角で主人公が電話をかけながら途方に暮れているシーンに仕上げられている。最後まで救いらしいものは(少なくとも目に見える形では)提示されない。
映像には、独特の美しさがあると思う(とくに自然描写については)。緑や赤が印象的に強調されている。目が痛くなるような森の木々や、ひたすら寒々しい雪景色や、なまなましくグロテスクな海辺の岩などが映し出される。これらは芸術映画らしい映像だと思う。
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出てくる人間がことごとくあからさまに狂っていて、会話は噛み合わずちぐはぐで、映像がおどろおどろしくて怖い。 ―― そう考えると、この映画はどう考えても、“ホラー映画”なのではないだろうか。
かといって、会話や展開があまりに不自然なために、その狂気に同化したり浸ったりすることもできない。この映画を観る我々は、決して必然性を感じられない種類の他人の狂気を、ひたすら目の前で見せられることになる。
そういう意味では、たしかに“画期的な映像体験”なのかもしれない。
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この映画を観て僕が最初に自問したのは、我々はなぜ映画を観るのだろうということだった。
それで、僕が映画に求めているのは、たぶん広い意味での”心地よさ”みたいなものだろうと思った。決して心地よいとはいえない暴力描写や不快なシーンなどが含まれている映画であっても、そこに物語上の必然性やカタルシスがあれば、最終的には心地よいと感じることができる。
この「心地よさ」というのは、より正確に言い換えるなら、「物語の心地よさ」となるかもしれない。たとえ一見すると支離滅裂な展開であったとしても、その物語自体に何らかの説得力があれば、よくわからないままに納得させられてしまうことだってある。
たとえばデヴィッド・リンチやスタンリー・キューブリックなどの映画には、突拍子もない展開や不自然なキャラクターや不可解な狂気が登場することがあるけど、我々はその映画全体を通した脈絡のなかでそれらを受け入れることができる。そういうタイプの作品をつくる映画作家がいたっていい。
でも、トラン・アン・ユンがつくったこの『ノルウェイの森』はどうかと考えると、どうしても物語として「説得力がある」とは到底いえない気がする。
映像が美しいのはわかるが、なにせ人間として深みを感じさせる魅力的な登場人物がひとりもいないし、交わされる言葉は(前述の通り)ひたすら不自然だし、その結果として物語にも(少なくとも僕は)ほとんど必然性を感じられないのだ。
だから僕の結論としては、この映画を楽しめる観方があるとすれば、それはおそらく何人かで集まって、各シーンの不自然さを指摘しあう方法(つまり“コメディ・ホラー”としての楽しみ方)だろうと思った次第だ。
僕も実際、ひとりで観ていて苦痛のあまり途中でやめようかと思っていたときに、運よく奥さんが横に来てくれたので、そこからは俳優たちによる奇演・怪演をいちいち真似して見せることで、なんとか最後まで観通すことができた(ばっちり笑いもとれた)。
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というわけで最後に、コメディ・ホラーとしてとくにおすすめのシーンを紹介したい。
他の女と寝てばかりいる永沢さんにぶち切れたハツミさんが、ワタナベと一緒に帰りのタクシーに乗っている。ハツミさんが永沢さんとの関係について「でも好きなのよ」みたいなことを言う。その顔のアップに合わせて、主人公ワタナベのナレーションがハツミさんが結局ほかの男と結婚することになる顛末を説明し、「(その後)ハツミさんはカミソリで手首を切って死んだ」と言う(ちょっと言い回しは違うかもしれない)。
その瞬間に、ホラーな音楽が大音量で鳴り響く! ―― このシーンが爆笑ものに素晴らしい出来だ。
集まった仲間たち全員で、ぜひここを再現しあってほしい。そうとうに楽しめるはずだ。
by tanzeallein
| 2018-09-20 20:43
| 映画
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